迷ったらパパもGO

子供の成長記録のはずでしたが現在では競馬ファンブログになっています。

フィクション(幸せの花)

「ふ~ぅ」

コツン・・・コツン・・・

背中を丸め、まだ雪の残る道を男が歩いていた。

時折舌打ちをしながら、溜息をつきながら、その男は歩いていた。

ある会社の前で立ち止まり、重そうにそのドアを開け、入っていくが

ほんの数分で、そこを後にした。

振り向きざまに、「ここもダメか・・・」と呟いて。

その後も男は歩き続け、ドアをくぐり、舌打ちをしながら出てきた。

気づくと夕日を受けた影が、長く伸びていた「ん?もうこんな時間か」

そう言うと男はまた「ふ~ぅ」と溜息をつき、歩いて部屋に戻った。

真っ暗で静かな部屋、そこでまた大きく溜息をついた。

何も無い、家族のいや元家族の写真があるだけの小さな部屋だった。

男は元々、やり手の営業マンだった。

ところが上役と折り合いが悪く、部署の失敗の責任を取らされる格好で会社を追われたのである。

何人かの部下が付いていこうとしたが「自分の生活を考えろ」と部下達を止め、自分だけで出て行った。

半ば自棄になった男は、家族にも一方的に別れを告げ一人になった。

そして今が就職活動中というわけである。

向かう先向かう先で断られ続け、どん底状態であった。

そんな生活が幾日も続いた時、男は雪解けが始まった道の隅にあるものを見つけた。

「何かの芽だな?まだ雪が残ってるってのに、風邪ひくぞ」思わず呟いてしゃがみこんだ。

じっとその芽をみつめ、「俺もしっかりしないとな」そう語りかけるように言い、歩き出した。

その背中はいつものように、丸くは無かった。

次の日も、また次の日も男は芽を見に行った。

少しずつ大きくなっていくその芽を見るために、そして男の顔は確実に明るさを取り戻して行った。

目にも力が蘇り、就職探しの現場でも確実に話を聞いてくれるようになった。

そんなある日、「おや?蕾だ・・・」「少し黄色いな~」

花なんてゆっくり見た事も無い男は、この黄色い花が何か解らなかった。

以前ならそのままにしていたはずが、「よし、お前の名前を調べてやるぞ」そう言い残して

男は図書館に行き図鑑を手に取った。

今ならインターネットで調べれば何でも解る時代だが、逞しく育つ花を見ていると、楽な調べ方は

失礼な気がしたのだ。

ただ、今まで花に興味を持ったことが無い男が調べても、結局特定は出来ずに帰宅した。

「何とか名前を調べてやりたいな~」一人で呟きながら、楽しい気持ちになっていた。

ちょうど自分の子供が生まれるときに感じた、気持ちに似ていた。

幾日かたった後、その花が咲いた。

男は「ごめんな、お前が咲く前に名前を見つけたかったのに解らなかったよ」と話しかけた。

その時、キラリと花が輝いた「ん!?」あぁ、太陽の日差しが花に反射してたんだなと

振り返って、空を見た。「そういえば空なんて暫く見てなかったな・・・」

男はずっと青い空を見上げていた、黄色い花と一緒に。

花は何も言わず、風に揺れている。

男はまた花をみつめていた。

「ん!?」今度は急に花の周りが暗くなった。

振り返ると妻と子供が立っていた。

「あなた、帰るわよ!パパこっちこっち!」笑顔で立っている。

「お前達、なんで、だって一方的に別れたのに・・・」

「だって、あなたは言い出したら聞かないでしょ?だから時間をあげたのよ」

「届けだって出しておけ!って言うから出さないで捨てちゃったわ♪」

男は熱いものがこみ上げるのを必死でこらえていた、そして花のほうを向いた。

黄色い花は笑っているように揺れていた。

「あら?福寿草ね、永遠の幸せって花言葉があるのよ」妻が言った。

福寿草・永遠の幸せ・・・か」

男は心の中で「福寿草さん、お前のお陰だな」と礼を言い、ウインクして現場を離れた。

ピンと伸びた背筋と3人の影を残して・・・